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岩田聡

岩田聡

岩田聡は、日本のゲーム開発者で、任天堂株式会社代表取締役社長である。

来歴

大学生時代からアルバイトとしてHAL研究所の立ち上げ事業に関わり、大学卒業後に入社。 HAL研究所では経営再建で社長になるまではプログラマーとして従事し、『ピンボール』や『バルーンファイト』などの開発に携わる。その後、15億の負債を抱えた状態でHAL研究所の社長となったが、これを6年で完済する。[1] 

HAL研究所での経営手腕を買われ、2000年に任天堂へ入社。入社2年目で当時の社長山内博氏から指名を受け、これまで山内一族経営だった任天堂の社長に抜擢。「ゲーム人口の拡大」を目標に、ニンテンドーDSを発売し、全年齢に向けてニンテンドーDSを中心とした「Touch! Generations」を立ち上げ、ゲーム層の幅を大きく広げた。その後も、社長自ら開発者にインタビューを行い、その一部始終を公開するという「社長が訊く」を始めたり、インターネット動画配信で自身が製品プロモーションを行う「Nintendo Direct」を始めるなど、ゲーム人口の更なる拡大に向けて自らが前に出てゲームユーザーに伝える積極的な経営を続けている。

人物像

プログラマーの観点から「プログラマーがノーと言っちゃいけない」という持論を持っており、これはプログラマーが出来ないと言ってしまった時点で企画が死んでしまうことになり、出来ないのであれば代替案を考えるべきだという考えに基づくものである。高校時代にはヒューレット・パッカード社の電子計算機HP-65で作ったゲームをヒューレット・パッカードの代理店に送りつけ、「とんでもない高校生が札幌にいるらしいぞ」と驚かれ、大量の資料をもらったことがある。[1] 

『MOTHER2』の開発が頓挫していた際に「いまあるものを活かしながら手直ししていく方法だと2年かかります。イチからつくり直していいのであれば、半年でやります」と提案し、それまで動作していなかった『MOTHER2』を半年で動く形に作り上げ、岩田聡氏が参加して1年で完成、発売させた。[2] 2005年のGDCでの基調講演では「社長という肩書きではあるが、自らはゲーム開発者であり、心はゲーマーである」という信念を語った。[3]

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外部リンク

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