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上村雅之

上村雅之

来歴

上村雅之(うえむら まさゆき)は任天堂に所属する技術者、任天堂統合開発本部アドバイザー。奈良県出身。小学校高学年に登場したテレビに魅了され、テレビの技術者を目指すようになる。千葉工業大学電子工学部電子工学科を卒業すると、1967年に早川電機(現・シャープ)に入社。当初は電子回路の技術者として働いていたが、コンピューターや半導体も手掛ける。1971年にはシャープの取引先であった任天堂から引き抜かれ入社し、『カラーテレビゲーム15』を開発する。これは、PONGのようなテニスやピンポン、バレーボールなどのゲームを内蔵した任天堂初の据え置き型テレビゲームで、100万台の売上を記録した。

任天堂開発第二部部長に就任すると、ファミコンを開発し空前の大ヒットとなった。その後はファミリーコンピュータ ディスクシステムスーパーファミコンなどのヒット商品を開発する。2003年からは立命館大学大学院先端総合学術研究科教授に就任。ゼミナールを開講して後進の指導を行っている。

ファミコンの開発

ドンキーコング』などのアーケードゲームが成功していた任天堂は、家庭用テレビでアーケードゲームがプレイできるものを目指していた。そこで、当時の社長である山内溥の指示を受けた上村雅之はファミコンの開発に着手。

当初は1万円以下の販売価格を目指していたが、半導体設計の都合上1万4800円となった。ファミコンのえんじ色パーツは「価格が安いから採用された」と噂されているが、実際は山内溥の好きな色であることが理由である。上村雅之はファミリーコンピュータの名付け親でもある。

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